Tinypath〜日々書き綴る

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文章が重くなったとき

台風がやってくる。
これは、確実なことであり、
私達人間が出来ることは、嵐が去るまで
命を守る行動をするしかない。
それは、逃げることであったり、
建物の補強だったり。

多分、大阪に住んでいるものであれば
前回の台風でうんざりしており、恐怖の方が先にたつ。
今回は、夜なのだから。

今から、7,6年ほど前だったか、
ある特集でインタビュー記事を書くことになった。

リレー方式で、次々と話を聞いていくのだが、
当時、文章を書くことは好きであり、
得意であると思っていたが、
インタビューしたものを実際に記事にするときに
違った目線で、厳しい意見を言ってくださった人がいた。

それは、私にとっては、
ちょっと考えれないようなスタンスで、
気持ちの反発はかなりあった。

私の書いたものは、
記事ではなく、物語であるという彼の主張であった。
長い間、ジャーナリズムのそういった世界に身を置いていた方なので
私の文章スタイルには、嫌悪を覚えたのだろう。

好みは様々であり
お互いの落としどころで、毎回記事を編集したが、
一緒に携わってきた女性と
ダメだしの多さに戸惑うばかりだった。

それ以来、
すらすらと書いていた文章が
すらすらという感じではなく、
行きつ戻りつと言った、ちょっと重苦しい文章になった気がした。

それって、詰まらない。
他人が読んでも詰まらないものなんだというのを
村上春樹氏の本を読みながら、合点がいった。


話が重くなればなるほど、自由さは遠のき
フットワークが鈍くなります。
フットワークが鈍くなれば、文章はその勢いを失っていきます
勢いのない文章は 
人を
あるいは自分自身をも
惹きつける事が出来ません。

あの当時のジレンマは、まさにそれであった。
スタイルにこだわる人。
専門的なことに携わっている人ほど、それにこだわるということ。

春樹氏も
最初に長編小説というものは云々。。と
こっぴどく先人達に言われたらしいが、
そんなルールがあるなんてしらなかったと
自分の書き方を貫いてきた。

あの時、
私の文章を評価してくださった人は、
専門的なスタイルにこだわった一部の人では決してなかった。
自由にイマジネーションを広げていく人たち。

自分の感性を自由に、もっと自由に。。したい


... 2018 / 09 / 28 (FRI)


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