Tinypath〜日々書き綴る

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友だち幻想〜共存ではなく並存

朝のニュースで
出版されてから10年目
やっと、じわりじわり売れ始めたという
友だちとの付き合い方の本が紹介されていた。

「友だち幻想」という本であり、
著名人がこぞって、評価しているという。

皆仲良く、友だちは大切。親友
そんな言葉に惑わされ、
「こうあるべきだ」という幻想に苦しむ人たちへのメッセージということだった。

著者は、もう亡くなっており、
彼の子どもさんが友だちづきあいで悩んだことから
この本を書くようになったらしい。

昔は、交換日記であったりとか
ポケベルであったりとか、
親しき仲にも礼儀ありではないが、
少しの間、お互いに「待ち」という心の猶予があった。

しかし、今では、メールやSNSで
瞬時に誰かのメッセージが届けられ、
それに対応を迫られる場合が、多くなってきた。

友だちを作れば作るほど、
心の負担になって
義務感的になってしまう返事に
アップアップしたことはないだろうか。

ふっと息を抜きたくなるような自分の時間が持てない。

距離感をもって接する。

共存ではなく、
並存という立場で接するということを唱え、
友だちは、他人であり
自分の事を100パーセント理解できる人ではないということが
書かれているらしい。

私は、並存という言葉に強く賛同する。

震災以後の「キズナ」という言葉も負担になることはないだろうか
共存を求めるかのような響きになりがちで
そういったことを意識するほどでもなく
並存し、尊重し合う社会であってほしいと思う。

仲間、仲間。
それは、ただ24時間ずっとつながっているだけが仲間でもない。

付き合い方には様々な形があり、
1年に一度の連絡しかなくても無二の親友ということだって
あるという観念を養って欲しい。
並存することに価値があると。


私がSNSを10年以上も前にやめたのは、そういったことからだった。
友だちがたくさんという
誰もが友だち勲章を求め、増やしはじめた。

まあ、それは他人事でいいのだが、
コメントの頻度に温度差がある場合が多々あった。

いったいどれだけの時間をSNSに費やしているのかと思うほどで
私にはそれだけの時間を割くことは、実際の生活で出来なかった。

日々コメントが出来ないのなら、お断りだと
友だちという枠を外す主義の人もおられた。

色んな距離感、いろんな付き合い方。
しんどいとき、嬉しいとき
人は、その感情によって、行動も違ってくるのだし
機械のように毎日、同じリズムでは出来ないこともある。

ともだちという幻想が
どうしても潜在意識の中で作用し、苦しむ若者。

友だちは、他人であるということから
認識を変えていくこと。そんな風に思った。


... 2018 / 09 / 15 (SAT)


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