Tinypath〜日々書き綴る

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愛していました。 ただ 疎かにしていました。

大雨で街は、白いもやに包まれた。
ビルはそれに埋もれてしまい、
雲ばかりの真っ白な空からは、飛行機の音だけが聞こえた。

そんな昨日とうって変わって、今朝は日差しがまぶしく、暑い。
カーテンを開けようとしたが、ためらった。
充分すぎる光なのだ。

「雨の日は会えない。晴れの日には君を想う」

以前から薦められていた作品であり、
あらすじは知っていた。
おまけに、予告まで昨日見て。。

この映画のために二時間を作る。
とっておきの二時間のために
私は昨日という大雨の日を選んだ。

妻を亡くした夫が、
その悲しみがあるはずなのに泣けない。
自分の感情は何だったのだ?
妻を愛してなかったのか?
自問自答しながら、再生してゆく物語である。

突然の悲しみ、
徐々にその日がやってくる悲しみ
迎える死の日に対しての対応は、二つに分かれるのではないか。

涙溢れるドラマのように
渦中の悲しみの中で泣ける人もいれば、
その事実をしっかり受け止める準備が出来ておらず
故人と自分との距離感、関係の整理から始める人。

私は、後者である。
なので、ジェイク・ギレンホール演じる夫デイヴィスの気持ちに近い。

原題は、破壊だそうだが、
破壊がなければ再生はない。

何かを壊す。物を壊す。
それは、目で見る比喩であり、
解体作業の作業での
一振り、一振りが、自分の心を壊しづつける。
それは、意志をもっての破壊作業。

がちがちになった心をまず破壊しなければ
何ら受け止める心にもならないだろう。

ラスト近く、
デイヴィスが義父に告げる。

妻を愛していました。 ただ 疎かにしていました。

この言葉に私は泣けた。
いったいどのくらい疎かにして、人を傷つけ生きてきたのか。
面と向かっていたのか。

最後は、号泣してしまった。
よくわからないが、デイヴィスの再生までの道のりを
一緒に体験し、泣かずにはいられなかった。

確かに愛していたのだ。 ただ愛を疎かにしていた。




... 2018 / 05 / 14 (MON)


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