Tinypath〜日々書き綴る

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教誨師という仕事

春の授受褒章で、
紫綬褒章を受けた人たち。
そこには、ピョンチャンオリンピックで活躍された方たちがおり、
もう、二月も過ぎたことをしみじみ思う。

彼らは、また次なる目標に向かって進むのだが、
その章に相応しい人生を歩むことを
それぞれ口にしていた。
章をもらって終わりではなく、そこからスタートが始まる。

地方のニュースでは、その他の道で貢献された人を紹介していた。
藍綬褒章の佐藤氏は、
教誨師として、24年間に渡って
刑務所に出向き、受刑者の話に耳を傾け、
社会復帰を目指すお手伝いをされてきた。

そして、
「神の目から見れば、皆、平等に神の子」だという理念と
人間は死ぬまで変わり続けることが出来るというコメントされていた。

罪を犯す、罰を受ける
その中で、決して、その人を一人にせず
寄り添い合う中で、
人間の良心に問うチャンスを与えること。

受刑者にとって、何よりも
人間として平等に向き合ってくれる存在は
どんなにか有難いだろうと思う。

初めて、映画「デッドマンウォーキング」を見た頃、
私は、信徒でもなかった。
だから、シスターの言動に違和感を覚えるときがあったのは否めない。

それは、罪びとを許すということに対しての
人間からみた思いしかなかったからだ。

その後、信徒になってから、
映画の中のシスターの寄り添いに深く感動することになる。

神様の目線は、そこにある。
罪を犯そうが、立派なことを成し遂げた人間であろうが、
平等に愛するわが子なのだ。

そういった目線で、教誨師として
受刑者に寄り添った24年間。
どんなにか救われた人たちがいたのだろうと思った。

私たちは生まれた瞬間から神様に愛されている。


... 2018 / 04 / 28 (SAT)


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