Tinypath〜日々書き綴る

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屠るとは、、、

お気に入りの傘の骨が曲がった。
ただ、雨風に向かって歩くだけであったが、
強烈な風に耐えることが出来なかった。

昨日の帰りの出来事である。
海風が容赦なく、風の道を歩くしかない私に
これで最後といわんばかりの強い風。

夕べ一晩中、何処かのトタン屋根なのか
ゴミ箱なのか、ガタンがタンという音を立てていた。
今朝も風のヒューゴォーという音が聞こえる。

さて、雨風の中どうやって歩いていこうか。

昨夕のローカルニュースで、
命を頂く授業について紹介があった。
その高校は、50年も前から、
一年生時に
自分が雛から育てた鶏を
最後は、自分でと殺して、その命を食べる教育を行っている。

卵の孵化、どんどん成長する雛
名前をつけるものもいるが、
インタビューの彼女は、愛情がわくからと名前をつけなかった。
それでも、いつしか
育てていくうちに
愛を伴う感情が生まれる。

とうとう、その日がやってきた。
先生が見本を彼女達に見せる。
鳥たちが苦しまないように、羽を押さえて
その本気の講義に
涙を流す生徒達。

そして、自分たちが
自分の育てた鶏をと殺する時がやってきた。

ためらってはいけない。
自分の感情の中で、行ったり来たりする柔なものは、取り払い
ただ、命を頂くために
犠牲になる鳥のために
自分がしなければならないことを考える。

彼女らの決心した言葉が、私には突き刺さる。

生きていくということは、
命の連鎖であり、命を頂いて、今の私たちが存在している。

映像は、私たちが食料品店でみる肉の姿に変わり
そして、それを調理する現場に変わり
皆で一斉にから揚げなどになった肉を食べる風景で終わった。

昔は、家畜を飼い
もっと、命というものと向き合う機会が多かったのだろう。

今は、だあれも
命を頂くという根本のことなど、気づくわけもない生活の中
食べ残し、食べすぎ、
色んな傲慢な中で生きている。

... 2018 / 03 / 20 (TUE)


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