Tinypath〜日々書き綴る

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それでも人生にイエスという

そう、1年ぶりくらいに
息子から電話があった。

誕生日が近づいてきたと
思いめぐらしたのは、
まだ彼の誕生日より三ヶ月も前からで、
私は、語れる何かを探していた。
私が彼に出来ることは、語ること。

何度かパソコンに向かい
言葉を吟味する。そういった作業の中で
誕生日は本当に目の前までやってきた。

幸せとは何だ。
河合隼雄先生の幸福論から引用すれば

「将来に希望がある」
「自分を超える存在とつながっているか支えられている」
それが、幸福と感じる重要な要素だとあった。

彼が何かしら辛いときには、
つながる存在でいたいと私はおもう。

私の考えの根本には、あの「放蕩息子の帰還」がある。
ヘンリーナウエンは、
レンブラントの「放蕩息子の帰還」の絵を観ながら
一冊の書物を書き上げた。
聖書のたとえ話を浅くしか理解していなかったが
ヘンリーナウエンの神父だからこその深い解釈をその本で知った。

そして、語ることだけではなく
何かしら一冊、本をというので、
大いに悩んだときに読んだ
「それでも人生にイエスという」
ヴィクトールフランクルの著書を贈ることにした。

私にとって、この本があれば
どんな時でも人生に「イエス」と言えるだろう
人間が人生に期待するのではなく
人生が人間に何を期待するか、
そういった視点で、フランクルは、この世を生きることを書いている。

ずいぶんとこの本の存在を忘れていた
人は、とことん苦しまないと気がつかないことが多いのかもしれない。

幸福の下支えは、深い悲しみである。
河合氏の言葉をまた思い出す。



... 2018 / 03 / 18 (SUN)


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